伝統的なスペイン料理店に入ると、まず目に入るのが天井から吊るされた大きなハモン(生ハム)の存在です。イベリコ種やセラーノ種のハムが、まるで食用のトロフィーのように堂々と吊るされ、田舎風の雰囲気に本物のスペインらしさを添えています。

スペイン人にとってハムは単なる食材ではなく、フランスのワインやイタリアのパスタに匹敵する文化的象徴です。どの家庭や飲食店にも必ず常備されているほど、国民の食生活に深く根付いています。


色でわかるハムの格付け
ハムの足には色付きのタグが付けられています。これはスペインの厳格な品質管理システムの一部で、生産地や等級が一目で分かる仕組みです。

- 黒ラベル: 最高級のイベリコ豚(ドングリのみで肥育)
- 赤ラベル: イベリコ種の交雑種(ドングリ肥育)
- 緑ラベル: 放牧飼育(穀物と牧草)
- 白ラベル: 穀物肥育のイベリコ種
このカラーコードシステムにより、消費者は生産地から飼育方法まで瞬時に判断可能です。
至高のハムができるまで
イベリコ豚は「デエサ」と呼ばれるオークの森で自由に放牧され、ドングリを食べて育ちます。屠殺後、塩漬けと熟成を経て、最低12ヶ月から最長48ヶ月間熟成されます。

熟成のプロでは「マエストロ・ハモネロ」と呼ばれる職人が、伝統の技と五感を駆使して最適な熟成を見極めます。最高級のハモン・イベリコ・デ・ベジョータは1本3000ドルを超えることも。

天井吊りの秘密
ハムを天井から吊る理由は、空気循環による均一な乾燥のため。歴史的には、キリスト教徒がイスラム支配時代に信仰を表明する手段として始まったという説も。

- 熟成促進: 空気循環による均一な乾燥
- 品質表示: 熟練者なら外観で品質を判断可能
- 歴史的意義: レコンキスタ期の宗教的アピール

ハムから滴る脂を受け止める「ソンブレリージョ」と呼ばれる傘が下に吊るされるのも特徴的です。
ハムの芸術的カット
ハムは「ハモネロ」と呼ばれる専門職人が、ナイフ1本で紙のように薄くスライスします。最高の状態で味わうには、室温22℃で薄切りが鉄則です。

熟成の香り、塩味、甘み、後味の余韻を楽しむのがスペイン流。ワインと共に、人生の至福のひとときを。

健康論争と伝統の狭間で
2015年、WHOが加工肉の発がん性を指摘した際、スペイン中が激怒。ハム業界は「伝統製法の安全性」を主張。結果、消費量は増加するという皮肉な結果に。

「ハムは芸術であり、人生そのもの」と語る職人たち。その情熱が、スペインの食文化を支え続けています。

熟成の匠の技
スペインのハムは、単なる食材ではなく、歴史と情熱が詰まった文化遺産。次回ハムを口にする際は、その背景に広がる物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

スペインのことわざに「太陽が沈む時、ワインとハムを」という言葉があります。人生の至福を味わうための、最高の組み合わせと言えるでしょう。