カナダの農家たちが密輸業者と化し、新鮮なメープルシロップが国境を越えて密かに流通する闇市場が急成長している。この甘い液体は今や数億円規模の闇市場を形成し、合法と非合法の境界線を揺るがす存在となっている。密輸業者たちは「メープル・マフィア」と呼ばれ、カナダ警察が最も手を焼く存在だ。
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2016年、アンジェル・グリニエはメープルシロップ違法販売の容疑で起訴された。彼女は「メープルツリーの自由」を求める闘いを宣言し、単独犯ではなく農家たちの代弁者として立ち上がった。4代続くメープル農家の娘である彼女は、ケベック・メープルシロップ生産者連盟(FPAQ)の規制を拒否。独自の流通網を構築し、隣接州への密輸を開始した。
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グリニエは語る。「FPAQの規制に従い続ければ、毎年生産量の大半を倉庫に眠らせることになる。それでは借金を返済できない。農家が生き残るためには、独自の販路を築くしかなかった」
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彼女は夜陰に紛れて密輸ルートを開拓。中間業者を介さず直接取引することで、FPAQの管理外で流通させる仕組みを構築した。この動きは当局の警戒を招き、国際市場への影響が懸念される事態に発展した。
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メープルシロップ市場の独占構造
1990年代から続くFPAQの独占体制は、生産量の95%を管理する巨大カルテルだ。メープルシロップの国際価格を完全に掌握し、生産者への支払い価格を決定する。生産者はFPAQの許可なく販売できず、違反者は多額の罰金を科される。
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2023年の統計では、世界のメープルシロップ市場の72%をFPAQが管理。生産量の調整と価格操作により、国際相場を完全にコントロールしている。生産者はFPAQが定める生産割当量を超える生産ができず、違反者は厳しい罰則を科される。
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「FPAQの独占が生産者を苦しめている」と語るのは、密輸ルートで生計を立てる元生産者だ。「公式ルートでは生産コストすら回収できない。密輸が唯一の生き残り手段だ」
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「メープル・マフィア」の台頭
密輸業者たちは「メープル・マフィア」と呼ばれ、FPAQの監視の目をかいくぐり、米国市場への密輸ルートを確立。密輸品は正規品の半値で取引され、米国市場を中心に需要が急拡大している。
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元密輸業者の証言によれば、密輸ルートはカナダ東部から米国北東部に至る複雑なネットワークを形成。密輸業者たちはGPSを妨害する特殊装備を搭載し、国境警備隊の監視網をかいくぐる。
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FPAQの関係者は「密輸業者との闘いは麻薬取締りに匹敵する」と語る。密輸組織は麻薬密輸組織と手を組み、密輸ルートを共有しているとの情報もある。
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2012年:大規模密輸事件
2012年、FPAQの貯蔵施設から3,000トン(当時価値約20億円)のメープルシロップが盗難に遭う事件が発生。犯行グループは貯蔵タンクに穴を開け、数ヶ月かけて密かにシロップを抜き取った。
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犯行グループは貯蔵タンクの監視システムを破り、シロップを抜き取った後、水で薄めて元の量を保つという巧妙な手口を使った。事件発覚後、FPAQはセキュリティ強化に1,000万カナダドル以上を投じた。
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この事件をきっかけに、FPAQはGPS追跡機能付きの新型タンクを導入。生産者への監視を強化したが、密輸業者たちは常に新たな手口を開発している。
法規制と密輸の拡大
カナダでは5リットル以上のメープルシロップの無許可販売が禁じられている。違反者は最高5年の懲役または100万カナダドルの罰金が科される。それでも密輸業者たちは、正規価格の3倍の利益を求めてリスクを冒す。
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グリニエは言う。「FPAQは恐怖で生産者を支配している。だが、自由な市場を求める者たちの結束は固い。この戦いは始まったばかりだ」